「グリーン社会」実現を目指して

「グリーン社会」を実現するために

    金子熊夫(外交評論家、元外交官)

 このところ「脱炭素化」とか「カー-ボンニュートラル」などという聞きなれない言葉が連日メディアに溢れていますが、それが具体的に何を意味するのか、そして日本はこれにどう対応したらよいかは非常に難しい問題です。ここで対応を間違えると日本は大変なことになる惧れがあります。そこで、学校で先生方が生徒諸君に正しく説明する上でご参考となるよう、この問題について出来るだけ分かり易く解説したいと思います。

実は、私はもともと文系人間で、環境やエネルギーのような理系分野はあまり得意ではなかったのですが、キャリア外交官として長年国内外で働いてきた中で、環境問題やエネルギー問題に非常に深く関わってきました。環境問題については、日本政府職員としては最も早く1960年代から、つまり、環境庁(現在は環境省)が出来る前から環境問題に取り組んできたし、あの「かけがえのない地球」という有名なスローガンは当時私が創案したものです。国内だけでなく、国連にも4年半出向して地球環境問題の最先端で長年仕事をしてきました。

また、エネルギー問題については、1970年代半ばから、つまり第一次石油ショック(1973年)以降、とくに原子力問題を中心に深く関与してきました。外務省では初代の原子力課長を務め、米国を始め世界の主要国との原子力協力協定交渉などを担当してきました。福島原発事故(2011年)以後は、原発の安全問題や再生可能エネルギー問題などにも深く関わり、現役並みに全力で取り組んでおります。(こうした私の現在の活動について興味のある方は、末尾の拙著などを是非お読みください。) 

ここでは、そうした個人的な経験を踏まえて、出来るだけ分かり易く解説してみましょう。

「脱炭素化」政策の背景

 「脱炭素化」問題が急浮上してきた直接のきっかけは、昨年1026日に、菅義偉首相が国会における初の所信表明演説で、「グリーン社会」の実現を大きく掲げ、「2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す」と宣言したことです。要するに、地球温暖化の主因と考えられる二酸化炭素(CO2)の排出量を2050年までに実質的にゼロにする、そのために石炭火力発電などを全廃するということで、実に画期的な政策表明です。

ご参考までに、ここに至るまでの経緯や背景を簡単にご説明すれば次の通りです。

すなわち、一昨年(2019年)暮スペインのマドリードで第25回気候変動枠組条約締約国会議(COP25)が開催されましたが、これに初めて出席した小泉進次郎環境大臣が、現地での記者会見で、日本の脱炭素化の具体策について質問されたのに明確に答えられず、批判の集中砲火を浴び、おまけにNGO(非政府団体)から「化石賞」なる不名誉な賞を授与されるなど、散々な目に遭いました。ショックを受けた同大臣は、帰国後、温暖化問題に俄かに真剣に取り組むようになり、従来対立関係にあったエネルギー政策担当の梶山弘志経済産業大臣と緊密に協議した結果が、今回の政策宣言となったものと考えられます。) 

次回のCOP26は、昨年11月に英国のグラスゴーで開催される予定でしたが、コロナ禍のため1年延期となり、今年11月にグラスゴーで開催される予定です。それに向けて、日本政府は意欲的な削減目標を打ち出し、これまでの「周回遅れ」という悪評を一気に払拭し、今後のCOP外交における発言権を強化しようという狙いがあったことは明らかです。

◆高いハードルをクリアできるか

その意気や壮とすべしですが、問題は、果たして日本政府が自ら設定したこの非常に高いハードルを実際にうまくクリアできるかどうかです。2050年までにということは、30年先ですから神様以外には誰もはっきり予測できませんが、実に大変なことなのです。石炭だけでなく、石油や天然ガス(LNG)のような化石燃料もかなりCO2を出すので、それらも徐々に使用禁止となるはずです。

ご参考までに、現在日本では、東日本大震災に伴う東京電力福島原発事故(20113月)以来原子力発電が激減し、その穴埋めに石炭や天然ガスによる火力発電をフルに活用しています。事故以前は原子力が電力の約30%を占めていましたが、現在は僅か6%程度。その代わり火力発電の割合が80%近くに膨らんでいます。期待の太陽光と風力発電は10%以下。今後、この火力発電の割合を徐々に減らして、最終的にゼロにしようというわけですから、まさに至難の業で、常識的に言えば不可能に近いでしょう。(図表1:現在の日本の電源構成グラフ参照)

図表1

もっとも、石炭を燃やしてもCO2を全く排出しないような技術や、排出されたCO2を大気中に放出しないで完全に隔離、貯蔵または再利用する技術が実用化されれば話は別でしょう。もしそのような技術を完成させれば確実にノーベル賞ものですが、予見しうる将来、実用化は難しいと考えられています。

◆再生エネの利点と欠点

一方、廃止する石炭火力に代わるエネルギーとしては、太陽光や風力などの、いわゆる再生可能エネルギー(自然エネルギー)と原子力があります。再生可能エネルギーは確かにクリーンで、CO2を全く排出しませんし、設備投資が少額ですみ、燃料費は不要なので、コストが極めて安いという利点があります。また施設が小規模なので、小企業や個人ベースでも手掛けることが可能で、地産地消や分散電源として便利だというメリットもあります。

しかし、当然のことながら、太陽光は天候や日照時間に左右され、夜間は使えませんし、風力発電は風況によって影響を受け、風が吹かなければ全く役に立ちません。しかも、両者とも施設を設置するには広大な土地を必要とするので、日本のような狭隘な国土では自ずと限度があります。最近では、洋上風力発電が有望視されており、固定式または浮体式の建設方法が採用されていますが、ヨーロッパなどと違って日本の沿岸には遠浅の海域は比較的少ないと言われています。(写真:洋上風力発電所)

写真

いずれにしても、実際の稼働率という点でみると、太陽光は約12%、風力は20%程度で力不足は否めません。よく新聞などでは「原発〇〇基分に相当」などと書かれていますが、これは設備容量(キロワット)ベースのことで、実際の発電電力量(キロワット時)ベースでは、その数分の1程度にしかなりません。ここは一般に誤解されている点なので、注意が必要です。

私は、元々自然環境保護主義者なので、地球環境に優しい再生可能エネルギーには大賛成で、日本でも大いに普及させるべきだと考えています。だから、決して太陽光や風力発電の欠点だけを指摘するつもりはありませんが、科学的な事実は事実として認識しておかなければいけないと思います。エネルギーは個人的な趣向やイデオロギーの問題ではなく、国家・社会の「血液」として絶対に不可欠のものですから、科学的、合理的に考えるべきだからです。

◆原子力の利点と欠点

そこで、再生可能エネルギーがいくら望ましいものであっても、それだけでは不十分だということになると、残る選択肢は当然原子力ということになります。これは好き嫌いの問題ではありません。福島原発事故では福島県の人々は未だに故郷に帰還できず、苦労している人が少なくありませんし、事故の恐ろしさを知った日本人の多くは「もう原発は怖いから嫌だ、反対だ」という気持ちが強いのは当然です。いったん失われた原子力への信頼感を取り戻すのは極めて難しいと思います。

しかし、エネルギー資源に恵まれない日本において、海外から輸入した石炭、石油、天然ガスが使用禁止となり、他方再生可能エネルギーもそれほど急激に伸びず、日本という巨大な産業国家のエネルギー源としては明らかに力不足ということであれば、原子力発電を一層安全に使っていく以外に、現実的な選択肢はないと思います。こういう言い方をすると、上から目線だと批判されがちですが、それを覚悟で敢えて言えば、

日本には好き嫌いで選り好みする贅沢は許されないのであって、原子力という人間が考え出した科学技術の粋であるエネルギーをむざむざと放棄してはいけないと思います。

 少なくとも、予見しうる将来、おそらく今後最低半世紀以上、再生可能エネルギーが十分成長するまで、あるいは、イノベーションにより全く新しいエネルギーシステムが発見され、実用化されるまでの間、日本は原子力を使わざるを得ないと思います(この点については、異論をお持ちの方も少なくないでしょうから、いずれ後日別途議論することにします。)

 ということで、私は、長年の経験と知識から、日本が将来石炭などの火力発電を全廃し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという国家目標を達成するためには、再生可能エネルギーを拡大するだけでは到底無理で、端的に言えば、原子力発電を大幅に復活させることなしには、この目標達成は不可能と考えています、

なぜ原子力は嫌われるのか

 ところで、その原子力について、菅首相は、同じ所信表明演説の中で、「安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立する」と述べるに止まっています。安倍前政権に比べればわずかに半歩前進のようにも聞こえますが、菅政権が目標達成のために原子力の復活が欠かせないことを明言しなかったのは不誠実であり、正直遺憾に思っています。

 担当の小泉氏としても、頭ではそのことは十分わかっているはずですが、環境大臣という立場上、口が裂けても原子力の重要性を言いたくないのでしょう。環境省の事務方に聞くと、個人的にはよく理解していても、大きい声で言いたくないようだとのこと。それを言ったら環境省のホームページはたちまち炎上するに違いないでしょう。

 政治家、特に与党国会議員たちも、原子力に理解のある人は結構多いようですが、それを口にした途端に地元有権者の不評を買い、選挙で不利になるからというので、勇気を出して発言する人は少ないようです。

自分が住む県内には原子力発電所が存在しない人にとっては、日頃あまり関心が無いことかもしれませんが、エネルギー問題は決して局地的な問題ではなく、国家レベルで考える必要がありますので、他人事と傍観するのではなく、是非主体的に真剣に考えるようにしていただきたいものです。

◆世界は脱原発一色ではない

 この機会に、ご参考までに、世界各国は脱炭素化にどのように対処しているか、特に各国の原子力政策はどうなっているのか、ごく簡単にご紹介しておきましょう。

諸外国の対応は様々で、例えばドイツのように福島事故をきっかけに脱原発政策を決め、再生エネに軸足を置きつつある国もあれば、フランスなどのように、発電時にCO2を排出しない原子力を重視し、それで約75%の電気を確保している国もあります。ただ、注目すべき点は、ヨーロッパにおいては、国際連系線の発達によって各国の電力網(グリッド)が繋がっており、電気の売買が自由に行われ、自国の電気が不足するときには隣国から輸入したり、供給過剰のときは隣国へ輸出して臨機応変に調整することができるという強みがあることです。日本にはそうした地理的条件がないし、安全保障上の理由からもそうした対応はできません。

他方、最大のエネルギー消費国である米国では、現在も約100基弱の原発が稼働しており、しかも大半が運転寿命が60年まで延長され、ごく一部では80年延長が許可されています。120日に発足するバイデン新政権のエネルギー・環境政策はまだ分かりませんが、基本的には大きく変わらないだろうと見られます。

世界第2位の中国でも、原発重視の立場がはっきりしており、大規模な新増設が着々と進んでいます。さらに、中国は、原発輸出にも異常なほど力を入れており、今後世界中で新設される原子炉の大部分が中国製という時代が来るのは確実と思われます。

◆英国を反面教師とせよ

注目されるのは英国で、かつて原子力の最先進国の1つでしたが、1970年代に北海油田が見つかったことなどで原子力から手を抜きました。その結果、近年になって電力不足が予見され、それを回避するためにはやはり原発が必要となったものの、既に自国の原発建設能力が失われているので、フランスや日本に協力を求めましたが、不首尾で、結局中国に資金も技術も頼ることになりました。

もっとも、コロナ騒動で英国でも対中警戒心が高まっており、中国依存路線を見直すべきだという意見が出始めているようです。以って他山の石とすべきでしょう。

◆ドイツの苦悩 脱石炭か脱原発か

このように、世界各国は、自らが置かれた環境に適合した形で、電源の最適化、多様化を図りつつ、エネルギー安全保障と脱炭素の同時達成を目指して懸命の努力を重ねているのが現状です。

ただ、ここへきて、ドイツでは、脱原発と脱炭素化を同時並行的に実現させることは難しいので、脱原発よりまず脱炭素化を優先させるべきだとする意見が増えている模様です。福島原発事故の直後、脱原発に急カーブを切ったメルケル首相が間もなく引退する予定なので、エネルギー・環境政策が修正される可能性が指摘されています。

◆日本の原点は「資源小国」

いずれにせよ、世界各国にとって脱炭素化は「待ったなし」の課題となっているわけですが、福島事故で原子力という本来最も頼りになる電源を大方失い、片肺飛行のような状態を続ける日本の場合、元々エネルギー資源小国であるだけに、状況は特に厳しいといわねばなりません。エネルギー自給率も、福島事故以前は、原子力を加えて辛うじて25%近くありましたが、現状では9%程度で先進国中最下位です。(図表2:各国のエネルギー自給率一覧表)

               図表2

こうした様々な状況を冷静に認識したうえで、正しいエネルギー・環境政策を選択することが私たち日本人に求められています。

その意味で、現在日本は、重大な岐路に

立たされているのであり、ここで判断を誤ると、日本は激しい生存競争が繰り返される国際社会において敗者となる惧れがあると思います。

 以上、元々難しいテーマなので十分ご理解いただけなかったかもしれませんが、さらに関心があれば、次のような拙著をご覧ください。

  • 「『脱炭素社会』実現への確かな道~ 再エネと原子力は"共存共栄"できる!」(前・後編)

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21502

  • 「小池・小泉『脱原発』のウソ」(2017年、飛鳥新社刊)
  • 「日本の核 アジアの核」(1997年、朝日新聞社刊)

筆者プロフィール

1937年愛知縣生まれ.83歳。米国ハーバード大学法科大学院卒(LLM)。上級外交官試験合格。1961年以降約30年間内外で勤務。外務省初代環境問題担当官、初代原子力課長、

国連環境計画(UNEP)アジア太平洋地域代表、外務参事官などを歴任後大使級で1989年退官。以後東海大学教授(国際政治学)などを歴任。現在はエネルギー戦略研究会会長のほか外交評論家として広く活躍中。v

「グリーン社会」実現を目指して(2021.03.15日本教育新聞).pdf